1989年にとある雑誌が電機メーカー各社に質問状を送付した。
「ワープロは、いずれなくなるのですか?」
1989年はワープロにとって年間出荷台数が271万台を突破し、後にも先にも最大の出荷台数となった年であった。その後緩やかに出荷台数は減少を続けるものの、当時は文書作成専用機として会社のみならず家庭内でも絶大な存在感を示していたのである。
ワープロの基本的な機能としては、文字の入力はもちろんのこと、文字を表示するディスプレイと記憶装置、印刷機能がデフォルトで備わっているものが多かったという。すでに企業ではコンピュータの使用が始まっていたものの、文書作成専用機としてデジタルに疎い者でも電源ボタンを押せば直ちに印刷物を作成することができ、手軽に操作できる機械として会社員だけでなく学生や主婦にも普及していたのだ。
普及率の順調な伸びを示したワープロにとって、90年代前後のパソコンは相手にもならぬ存在であったといえる。伸び続けるワープロの普及率は88年の約15%から95年には約40%となっていたが、パソコンに関しては同じ期間で約10%から約15%のわずかな伸びとなっており、大きく差が開いていたのである。
こうしたワープロ全盛の風向きが変わったのはWindows95の発表である。
以前にもマウスで操作できるOSはWindows含め存在していたが、スタートボタンやタスクバーなど現在にも通じる機能を備え、Internet Explorerが標準搭載されており、インターネットの利用が拡大する中で、パソコンは急速に普及していったのである。マイクロソフトやジャストシステムは「ワード」や「一太郎」といったパソコン用の文書作成ソフトウェアを開発し、データでのやり取りが行われるようになってきた中で印刷文書が出力のメインとなるワープロとの間に機能性の面で大きな差をつけ、ワープロの単なる専用機としてのポジションが不利な立場となっていったのである。
さらに追い打ちをかけたのは携帯電話の普及とメール機能の搭載であるともいわれる。文書の作成という機械は単に「文書を作成する」というだけの機能を持てばよいということではなくなり、PCや携帯電話でのメールのやり取りといったコミュニケーションツールとしての機能を果たさなければならなくなったのである。
さて、「ワープロは、いずれなくなるのですか?」という質問にワープロを製作していたメーカー各社は1989年当時何と答えたのだろうか。以下がその内容である。
NEC「ワープロは文書を書く機械として特化されていますから、その必要性はなくならないんじゃないかな」
キヤノン「ワープロがパソコンに取り込まれることはないでしょう」
シャープ「人間の扱う道具は使いやすいことがいちばんだと思いますから、ワープロは文書専用機として残るでしょう」
東芝「そんなこと誰が言っているのですか。パソコンとワープロはこれからますます共存共栄していきますよ。今はワープロとパソコンの台数がほぼ同数ですが、将来的には、ワープロ10に対してパソコン1ぐらいの割合になると思います」
富士通「たとえば車の会社を考えてみてください。セダンをワープロとすれば、パソコンはトラックに相当します」
松下電器「5年前、パソコンの普及台数は100万台、今は120万台と伸びはゆるやかです。一方、ワープロは30万台が280万台にまで伸びています。この数字を見ただけでも、パソコン社会よりワープロ社会到来の方が早いと考える材料になります」
『DIME』(平成元年10月19日号)
これがこれから語る内容に直接つながると言えるわけではない。しかし「人間の仕事は、AIによっていずれ奪われてしまうのですか?」という問いを想定したときあなたはどう考えるだろうか。
本業としてAIの可能性について発信し、その魅力をお伝えしてきている私たちからすると、各事業者や各プロジェクトに応じて専門的にカスタマイズされたAIツールではなくとも、一般利用できるAIツールだけで多くの人の能力を拡張できると実感するほかない現状がある。言い換えると、ITが苦手な文系人間がAIを活用することにより理系人間の牙城であったエンジニア領域に侵食することが可能となってきているし、営業や広告など「ことば」を操ることが苦手な人な人でも標準レベルには成果を残せる程度になっていると言えるのだ。
自動運転がバスやタクシー、トラックの運転手の仕事を奪うかもしれないことや、AIアバターがフロントの受付や窓口業務の仕事を奪うかもしれないといった事例は想像しやすい部分である。一方で目に見えにくい部分としては、AIツールが進化するたびに個人がそれを使いこなし、各々の能力を拡張することで仕事を奪い合える世の中になってきたというところだ。
コンピュータや携帯電話が個人の間にも広く普及し、コミュニケーション手段や仕事のあり様が大きく変化したのと同様に、AIというのも企業への導入より個人の利用が急速に増えだした頃に社会に大きなインパクトを与えるのかもしれない。
その意味では早くからコンピュータの魅力に目覚めてIT革命の寵児となった方々の原点にあなたもいるかもしれないと思っても良いのではないだろうか。
そうとなればモタモタしている時間はない。まずはChatGPTを使って自分が苦手だったことが何かうまくできやしないか、自分と同じ課題を抱えている人に対してAIを使った解決策を提供することはできないか、模索していくしかない。
何事も学び始めるのに遅いということはない。AIもこれから新たな段階へとさらなる進化を続けるだろう。私たちとともにアップデートしていきましょう。